「ふるさと小旅行」

立教大学 法学部法学科 3年  徳井 菜摘


 はあっ、はあっ…自転車で急な坂を上る。息が切れる。まだ6月というのに気温は31度。基本インドアの私が、今日はなぜかぶらっとしたくなったのだ。思い立った私は自転車にまたがり、コロナ自粛で運動不足の体にむち打ってかれこれ30分。「ふう、着い、た。」額の汗を拭いながら自転車を止める。平成の名水百選妙音沢。来てみたかったのだ。大学の講義で妙音沢を知った。新座で生まれ新座で育ってきた新座歴21年目の私としたことが、知らなかった。埼玉県新座市の南部、黒目側沿いの雑木林内に湧き出している小さな沢だ。


 あれ、裏側の入り口に着いてしまったみたいだ。でもそれがよかった。

乾いた喉にお茶を流し込んで雑木林に入ると。音がする。水の音だ。今度は空気を吸いこんでみると、水の匂いがした。沢の様子がまだ見えないことが、子供の頃に森を探検したときのような高揚感を静かにもたらした。こんな気分、久しく感じてない。なんだか嬉しくなりながらわりと急な階段を降りていく。音と匂いがだんだん近くなる。木道に上がって驚いた。透きとおるような清水が泳いでいた。薄曇りの空が反射して一面にビーズを敷きつめたように水面が光る。こんなにも水のきれいな沢があるなんて。自分が自然に染まっていくのが分かる、浄化されていくみたいだ。

水面を走る風に癒されながら木道をゆっくり進むと、子供たちが2、3人見えた。小さな靴を脱ぎ、水を触って遊んでいる。私はしゃがんで、少し恥ずかしかったけど、サンダルを脱いで足を浸してみた。じんわっ。つめたい。足の甲を水がすいすい流れる感覚が心地いい。雑木林のテントのおかげもあって、途端に気分は軽井沢だ。汗が引いて涼しくなるのを感じながら、泳ぐ水面をしばらく眺めていた。「おじいちゃんはやく、こっち!」はっとして振り返った。私の後ろをかけ足で通り過ぎる女の子。それを愛おしそうに笑ってゆっくり追いかけるおじいちゃんらしきご老人。きっと土曜日でこんな暑いから連れてきてもらったんだろうなあ。そんな2人を見て、胸がきゅんとなった。さ、大学生の私はそろそろ帰ろうかな。降りてきた階段を今度は上ってゆく。


 自転車での帰り道。私は、さっきの2人を昔の記憶と重ねていた。「おじいちゃんはやく、いこう!」私は新座市内の保育園に通っていて、毎朝送ってくれるのはおじいちゃんだった。ママチャリの荷台につけたチャイルドシートに乗せてもらい、おじいちゃんの左右にゆらゆら揺れる運転で登園する。わたしの手にはおばあちゃんが持たせてくれたパンの耳が入ったビニール袋。道中の野火止用水でコイにそれをやるのが、おじいちゃんと私の日課なのだ。おじいちゃんはパンパンっと手を叩く。「こうやると、くるんだよ。」ほんとうにコイが大量にやってきた。私はせっかくパンがすぐになくならないように小さく小さくちぎってあげてるのに、おじいちゃんは大きいままぽいっとやってしまう。もう!って怒る私をおじいちゃんは笑うんだった。
 あのときの野火止用水の前を通る。いつも、あそこでコイを呼んだな。当時はなんでもないおじいちゃんとの時間が、嬉しかったなあと久々に思い出にふけってみた。知らない新座を旅したら、懐かしい記憶までついてくるなんて。ふるさとをめぐるアウトドアもいいものだ。