『こころをゆだねて』

立教大学観光学部交流文化学科 2年
澤田 すず

 

    私は風を切って颯爽と新座の町を横断していた。バスでも徒歩でも30分ほどかかることが分かったその場所へ、レンタサイクルを利用して向かっていたのだ。梅雨が近づきムンムンと暑い埼玉だが、自転車に乗っていると幾分か涼しさを感じることができた。
さかのぼること数時間前―。
「私の好きな新座」。そんなこと言われても、、授業で先生がおっしゃったように私も駅と学校をバスで往復するだけの、新座について何も知らない立教生の一員である。池袋キャンパスと比べて大きな商業施設も遊べるところもなく、住宅街に囲まれたザ・平凡な町、新座。そのイメージが変わったのは新座市職員の方がゲストとしていらっしゃった、同じトラベルライティングの授業だ。
実は新座にはあの徳川家康が訪れた天然記念物に指定された自然を持つ場所がある。「開発が行き届いておらず自然が残っている」のではなく、あえて重要な緑を残しているのである。前々から変わった名前だなという印象を持っていた野火止用水に興味を持った私は、すぐにグーグルマップを開き実際にその水を見ることのできる場所の名前を打ち込んだ。

駅から自転車で10分ほど南に進むと、突然ひんやりと冷たい空気が私の頬を撫でた。土の地面がコンクリートの道よりも温度が低いのは本当だったのか。住宅街を抜け雑木林が近づいてきたことを肌で感じる。
今からおよそ650年前、南北朝時代に創建された金鳳山平林寺は、当時の武蔵野国埼玉郡のさいたま市に腰を据えていた。戦火に焼失した寺の復興をかの有名な徳川家康が支援し、新座市に移転した今もなお歴史を受け継ぎ、玉川上水から分水した野火止用水がそばをさらさらと流れるこの場所こそが、私の好きな新座のスポットである。
緑、ミドリ、みどり。ついた瞬間から壮大な雑木林がこちらを見つめていた。圧倒されつつも一歩足を踏み入れると、そこには都会の喧騒をすべて忘れてしまうような大自然が広がっていた。心を落ち着かせる鳥たちのさえずりと水の流れる美しい音、思わず深呼吸をしてしまいたくなるほど透き通った空気は私の疲れを癒してくれた。こんな場所が近くにあったなんて――。
足を進めると松平信綱公の墓や野火止塚がそこに静かに佇んでいた。戦国時代を生き抜いた人々の眠る地でもあるここは、生きるパワーを与えてくれるような気がする。
私は思わず言葉を失ってしまった。ここはただの寺ではない。昔と今をつなぐ異世界の空間なのだ。何の知識もなしで訪れた私にも、古くからそこに鎮座する自然の寛容さと偉大さをひしひしと肌で感じ、自分がこの広い世界の中でちっぽけな人間であることをわからせる。
私はしばらくそこに一人で佇み、自然に心をゆだねて過去を生きた人々の生活や魂に思いを馳せた。最近物事がうまくいかず少し落ち込んでいた私の心を自然は受け入れ、優しく寄り添ってくれた。人は自然を切り拓いて街を作り文明を発展させていく一方で、自然から離れて生きていくことはできないと肌で実感する。
あなたも思い悩んだ時や心が疲れた時、新座に佇むこの地を訪れてみてはどうだろうか。そこには無条件であなたを受け入れてくれる緑の世界が広がっている。