『音探し冒険譚』

立教大学観光学部交流文化学科 2年
藤原 暉晶観

 

 ざあざあ、さわさわ、しゃんしゃん、さあさあ。
あなたはこの音がどこから聞こえるか知っていますか?
むかしむかしあるところに生まれた音を探して私は小さな冒険をすることにしました。
6月13日。曇り。気温27度。朝霞駅から合っているかもわからないGoogleマップと格闘することまるっと1時間。ちらりと見た電柱には新座市の表記。どうやら迷子にはならなかったようだと汗ばんだ手をスマホから剥がした。節約、という名目でバス代をケチった私は今、伝説に基づいた音を探して新座を歩いている。
むかしむかしあるところに、琵琶がとても上手い盲人がいました。信仰心があつく真面目な彼は晩に見た夢に導かれ沢を訪れることとなりました。沢でまどろんでいると弁財天が現れ、ひみつの曲をたくさん弾いてくださいました。素晴らしい音色に感激した盲人は、桜の木にかかっていた軸を持ち帰って拝んだところ弁財天のような素晴らしい琵琶の名手となりましたとさ。
伝説を探すなんてまさに冒険ではないか、一体どんな音がするのだろうとひたすらに歩き続けると長くどこまでも伸びた川が視界に入った。黒目川だ。目についたすぐそばの階段を下り、柔くそよぐ緑を仰ぐと、ざあざあと力強い川音がイヤホンを突き抜けてきた。…私はどこか遠い地にいるのかもしれない。これでは本当に冒険ではないか!喧騒を見えない大きな壁で隔てた空間でうっすらと聞こえる橋の振動音が唯一まだ私が新座にいることを教えてくれている。辺りを見渡すとこんもりとした林に向かって道が延びていた。上に見えるのは獣道か山道だろうか、なんて好奇心から歩みをすすめてみる。あつい、こもった熱でぐるぐると上昇気流が生まれているみたいだ。私は音に誘われながらオアシスを探す旅人のようにカタコトと木漏れ日で溶けた木製の通路を歩いた。
――見つけた。ここだ。この音だ。
黒目川から100m、雑木林内に湧き出ている妙音沢は水晶のようで広く静かに澄み渡っていた。波一つ立たないその様は現世と常世の狭間のようでまさに弁財天の降臨にふさわしい、そう思ってしまった。穏やかな風がそよりと波の花を作るたびにガラス玉をひっくり返したかのようにキラキラと煌めいているように見える。そっと手を入れてみるとさすが「平成の名水百選」というべきかひんやりとした繊細な水に包み込まれた。ああ、素足で入りたいなあ。水面の揺らぎに若い緑が影を落として初夏の匂いが立ち込める。そっと空を仰ぐと私以外に誰もいない平日の昼下がりの妙音沢はせせらぎと鳥の声で満ちていた。音に囲まれて思わずぼうっとしてしまう空気に充溢したこの場所はどんな悩みだって全て受け入れてくれるようだ。また、ここに来よう。さて冒険は終わりだ、どうやって帰ろうかと引っ張り出したスマホ片手に目についた道を登ってハッとした。獣道のようだと思った場所は木々に隠された遊歩道だったのだ!整備されつつも自然を残している姿に思わず目を見張った。ただ大学へ通うだけの道から少し離れて歩くだけで、スマホがないだけでこんなにも見えるものが違うのか。下を向いてばかりの私たちは惜しいものを見逃してしまっているのかもしれない。そうだ、帰りも歩いて行こう。行きに見れなかった景色を見るために。悠々自適に空を泳ぐ鳥が笑って頭上を飛び越えていった。
ざあざあ、さわさわ、しゃんしゃん、さあさあ。
あなたはこの音がどこから聞こえるか知っていますか?
むかしむかしあるところに生まれた音は新座にあります。