『咲き誇る春と出会う。』
立教大学 文学部キリスト教学科 3年
島村 美那
きっと、この瞬間は一生忘れない。一度くらいは、こんな気持ちになったことありませんか。試合に勝った瞬間、悔しくて涙があふれた瞬間、恋に落ちた瞬間、美味しいものを口いっぱいに頬張った瞬間。今でも思い出したら、胸がいっぱいになる。そんな瞬間ありませんか。
今年の4月。私は、説明会に参加するため、新座キャンパスまで足を運んだ。立教大学には、2つのキャンパスがあり、私が所属する文学部の講義は、基本的に東京都豊島区西池袋にある池袋キャンパスで行われる。その為、今年で大学3年生になるというのに、新座キャンパスへは、この日初めて足を踏み入れた。JR武蔵野線、新座駅から無料のスクールバスに乗り、10分ほどで新座キャンパスに到着する。
説明会を終え教室の外へ出た。慣れない環境への緊張によって、肩に力が入っている。スーッと大きく息を吸ってみると、暖かい橙色の空気が鼻を抜け、胸いっぱいに広がった。なんて心地が良い天気なのだろう。こんな陽春の候に、真っ直ぐ家に帰ってしまうなんて、勿体ない、せっかくならもうちょっと新座を味わってみよう。春の温かさに手を引かれ、新座の観光地を調べる。インターネットで、新座市産業観光協会が運営している「新座めぐり」というサイトを見つけた。新座市の観光スポットや、文化体験ができる場などが、分かりやすく纏められている。アクセス方法まで載っている為、普段この地域に馴染みのある人は勿論、私のように初めて新座に来た人も、素敵な場所を見つけることが出来るだろう。サイトを見ていると、“観光・体験”というカテゴリーのページに掲載されている、一枚の写真が目に止まった。なんて素敵。ここに決めた。
東武東上線朝霞台駅南口から、西武バスひばりヶ丘駅北口行きに乗車して、新座高校という停留所で下車。バス停の南側に交差点があり、それを渡ると目的地が見えてくる。東京都東久留米市付近に水源を発し、途中で落合川と合流する、全長約17キロメートルの一級河川。それが、黒目川だ。平成の名水百選に選ばれた妙音沢と、黒目川が合流するあたりから西方向にかけて桜堤があり、3月下旬から4月上旬は、桜が綺麗だと「新座めぐり」に書いてあった。それにしてもいい天気で、のんびりした空気が気持ちいいな、とゆったり歩いていると、薄桃色の風が頬を撫でる。顔を上げると、沢山の桜が大きく手を広げ、こちらに笑いかけていた。その迫力と美しさに「わあっ」と感嘆する。
以前知人が、満開の桜は、散るからこそ美しいと言っていた。然し、今、私の目の前に並んでいる花たちに、そんな儚さは感じない。蒼天に向かって、力いっぱい手を伸ばし、陽光と春の暖かな空気を、体いっぱいに吸い込んでいる。あの時あの場にいた誰よりも、瞬間を生きていた。そんな桜たちの笑顔に、涙が出そうになっている自分に気が付く。ふと思い返すと、近頃“生きている”と実感することあったかな。2020年に、新型コロナウイルス感染症の感染が拡大し、出来ないことや我慢しなければならないことが一気に増えた。特に私の住む地域では、成人式が中止になってしまい、やり場のない怒りを覚えたことが記憶に新しい。そんな中では、“生きている”と実感することが難しかったのかもしれない。黒目川の桜は、瞬間を生きる喜びを全身で表現し、輝いていた。そんな姿に、気づくと胸がいっぱいになって、涙がこぼれた。前を向いて頑張りなさいと背中を押された気がする。
新座の黒目川で出会った、力強く咲き誇る桜たち。私はきっと、あの瞬間、あの景色、あの出会いを一生忘れない。