『温かさを与えたのは』

跡見学園女子大学 観光コミュニティ学部観光デザイン学科 2年
若林 遥奈

 

 「あ、もうすぐだ。」いつからだろうか、通学が苦ではなくなったのは。1限が当たり前にあった1年生の春、毎日満員電車にゆられ大学の最寄り新座駅に着いてからも満員のバスに駆け込み学校へ登校していた。これから一日が始まるというのになんで朝からゆったりと過ごせないんだ、そんな不満を持っていた。スマホを見ている人、本を読んでいる人、寝ている人、人々の視線は気分に沿っているのかいつも下を向いている。私も普段はそちらの仲間だがその日はぼーっとバスから外の景色を眺めていた。その時目に光が入った。柳瀬川だ。
 柳瀬川は埼玉県と東京都を流れる約19.6キロメートルの一級河川である。かつては家庭から出る生活排水が柳瀬川に流れていたため汚染された川となっていたが、1981年からボランティアなどによる清掃活動や環境整備が開始され水質改善が進み、現在では住宅が建ちならびつつある中で、生物や雑木林など自然が回復しているそうだ。
 その時見た柳瀬川は川の流れに沿ってか一瞬時がゆっくりに感じられ、遮る建物や木々がなく太陽の光がただまっすぐ私に伸びてきた。それになにか癒しを感じたのだ。黒い靄が晴れ心がすっとする、この瞬間を覚えてから毎日柳瀬川を通過するのを待ち構えていた。
 毎日眺めていると色々な発見がある。例えば毎朝のように釣りをしているおじいさん。「あ、今日もいた」。私が1年生の頃から決まった場所に一人で川と向き合っているその姿を見つけるのが日課となっていた。大学に通って2年目、柳瀬川で四季を感じられること学んだ。春は少し遠くに桜並木あらわれ暖かさを感じ、夏はバーベキュー場の河川を思い浮かべられるような鮮やかな緑、秋から冬にかけてはより流れが感じられ川の音が聞こえてくる。
 柳瀬川は朝だけでなく夕方でも癒しを与えてくれた。川に夕日が反射し綺麗なオレンジ色がバスの中を照らしてくれる。まるで「お疲れ様」と、あたたかく迎えてくれている気がして心が楽になる。ある夏の日には友達と学校から歩いて駅へ向かってみた。初めてガラス越しではない柳瀬川に近づくと、隣には忙しく車が通っているのに柳瀬川に吸い込まれてしまった。風が周りの草木を揺らすように私の心も体も心地よい風が流れる。ふと耳を澄ませてみると下の方から子供の声が聞こえ視線を移すと、川で子供たちが水遊びをしていたのだ。この川は私だけではなくここに住む人たちにもなにかあたたかいモノを与えているのだと気付いた。
 道を邪魔されないまっすぐな光、迎え入れてくれるあたたかい色、柳瀬川の存在を見つけてから、毎日の憂鬱な気持ちが軽くなった気がする。柳瀬川を見えなくなるまで見ようと顔が斜め後ろを向いてしまい変なことしてると思うこともあるが、自然と私をそうさせていることに本当にこの景色が好きなんだとも感じる。そんな私の心を揺さぶったこの景色をあと何回見られるのだろうか。来年から見られなくなるその時まで目に焼き付けておこう。