『移りゆく世に生きた人々の想いを抱いて』
立教大学 社会学部メディア社会学科 4年
不二山 七海
武蔵野はけふはな焼きそ若草の つまもこもれり我もこもれり
約千年前、この地で想いを通い合わせ、ともに生きることを望んだ二人がいた。彼らはどんな心でこの武蔵野の地を見つめていたのだろうかーーー
和歌と古典文学を愛する私にとって、この歌と在原業平が訪れた証として今も在り続ける業平塚は、魅力的だった。惹かれるままに新座の地へと足を向け、かの場所を目指した。新座駅に降り立ち、バスターミナルまで来た私は、ふとその歩みを止めた。風景は移ろえども、この足で彼らが見たであろう武蔵野の地を歩き、少しでも彼らと同じ目で見てみたい。そんな思いに駆られ、ひととき目を閉じ、深く息を吐いた。千年前の風景を一途に思い浮かべてーーー
果たしてどのくらい歩いただろうか。木々がさわさわと揺れる音が耳をくすぐる。一陣の風が髪を巻き上げ、思わず顔に手をあてる。ふと見上げると、空一面を彩る美しい緑が目を奪う。ここは・・・。夢心地な私は、現実を確かめるかのようにちらりと時計を見る。針は13時33分を示していた。どうらや30分ほど歩いていたようだ。ようやくたどり着いたその場所と対峙する。ここが平林寺。かつて在原業平が京より東国へと訪れた際に休んだとされる地。この先に塚があるーーー。
はやる気持ちを抑え、拝観料を支払って中に入る。すると、目の前に山門が、そして進んだ先に仏殿が、静かに佇み、訪れた者をじっと見つめ、心を静めさせる。ここに流れる空気を身に纏い、風の音や鳥のさえずり、水の音に耳を澄ませる。不思議な心持ちになるのはどうしてだろうか。ゆっくりゆっくり歩みを進めていくと、上皇陛下のおことばがあり、さらに進んでいくと、野火止用水が顔をのぞかせる。さらに奥へ。そこにあったのは、島原・天草一揆の供養塔だった。松平信綱によって平定され、幕府側の犠牲者を弔ったもの。戦に散った人々の魂が今も眠っているという。その先には松平家の墓が肩を並べている。この地を守り、拓いていった彼らは、今の武蔵野の地をどう見ているのだろうか。願わくは、彼らとこの景色を眺めながら語らいたい。きっと今もなお、当時と変わらぬ想いで見守っているーーーそんなまなざしを感じた。その先を見遣ると、何やら雑木林が私を手招きしている。そう、この奥に業平塚はあるのだ。思わず深く息を吸い込み、雑木林の中へと足を踏み入れる。美しい緑の中を涼やかな風とともに歩いていき、奥へ奥へと進んでいくと、かの塚は静かに呼吸をしていた。この地で詠まれた和歌を諳んじながら、彼らの見た風景と秘めた心に想いを馳せる。ほんの一瞬だけ、一面の野原が赤く染まる光景を垣間見たような心持ちになった。追っ手と火の手が迫るその刹那、彼らは何を想い、何を見たのだろうか。何を祈り、火が鎮まった武蔵野に何を感じたのだろうか。想い馳せる気持ちは溢れるばかりだ。
業平塚に惹かれて訪れた平林寺。
歩いてみると、それぞれの時代に生きた人々の息遣いを感じ、この地の幽玄な美に心を奪われた。
このひとときを言の葉に載せてみようかーーー
そっと目を閉じ、息を吸う。感じるままに詠むつたない歌を、この地に眠る人々はどう思うだろうか。
武蔵野の幾世の人が祈るらむ いにしえの音は木々にこだます